五十嵐川水害復興記念公園と慰霊碑2009/07/13 21:49

慰霊碑
常盤橋を後にして、今度は5年前に破堤した地点(三条市諏訪地内)を訪ねた。
5年前の午後1時過ぎ、ここでは堤防を溢水した洪水流が堤防の裏法を削り、破堤に至った。
これにより嵐南地区と呼ばれる五十嵐川左岸側では約7千戸が床上・床下浸水し、9名の方が亡くなった。
この破堤地点付近は改修がすっかり終わっていた。そして、破堤地点は「五十嵐川水害復興記念公園」として整備されていた。そこには写真のような慰霊碑が設置されていた。
5年前、私がこの地点を訪れたのは破堤した翌日の7月14日であった。その時の姿からは今の姿を想像することはできない。
破堤地点から眺めた堤内地の姿は悲惨であった。田畑は流出し、住宅は泥に埋まり、自動車も流されて田んぼに埋まっていた。さらには新築したばかりの家が土台からずれているものもあった。
今では美田になり、住宅地は復旧さえ、新しい住宅も増えていた。
ここでは1時30分から慰霊祭が開催された。
訪れたときには慰霊祭も終わり、仮設テントの取り壊しも始まって、もう住民も殆どいなかった。
五十嵐川災害復旧助成事業で残るメニューは信濃川合流点にある嵐川橋並びに島田川と新通川の排水機場である。これも今年中には竣工するそうだ。
これにより、新潟県内で一番危険と言われていた五十嵐川の治水安全度は飛躍的に向上する。
しかし、これで絶対安全と言うことはない。
それはこれからは地域住民がどうやって五十嵐川と向き合うかに懸かっている。

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