栗ノ木川排水機場と芸術祭2009/08/08 21:07

栗の木川排水機場の記憶
栗ノ木川はかつて「芦沼」と呼ばれた亀田郷を水源とする河川である。
この川については昨年春に紹介した。
今日は「水と土の芸術祭」の作品がある栗ノ木川排水機場の遺構を訪ねた。
栗ノ木川はかつて亀田郷の水を集めて通船川に合流し、信濃川に入る河川だった。芦沼と呼ばれたような亀田郷の排水は悪かった。
そのため、新潟市紫竹山地内に排水機場が昭和18年に着手され、昭和24年3月に完成した。排水量は毎秒40m3/sで当時は東洋一と言われた。
しかし、その後地盤沈下が進行し、さらに昭和39年6月に新潟地震に見舞われた。
この地震により栗ノ木川、通船川の堤防は壊滅的な被害を受け、この排水機場も被災した。
復旧に際しては、治水方式は変更され、栗ノ木川は鳥屋野潟を通じて信濃川に直接排水されることになった。
信濃川合流点には新たに「親松排水機場(排水量毎秒60m3)」が建設され、栗ノ木川排水機場は廃止された。
それから40年近くを経て、栗ノ木川排水機場は朽ち果て、現在では吸水口と船通しの一部が残っている。それも殆どが土の中に埋もれていた。
今回の芸術祭ではその一部を掘り出し、その全面に自動車のフロントガラスを敷き占め、「水の記憶」を出現させたものだ。
新潟には水の記憶が数多くある。今回の芸術祭もこの記憶を呼び起こすことが一つの目的だろう。
こうした記憶は確実にみんなから薄れつつある。

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